10月2日、台風22号が関東に接近し雨が降ったり止んだりする中、栃木県足利市にある 鑁阿寺(ばんなじ) に参拝しました。
鑁阿寺は「足利の大日さま」といわれ、大日如来を本尊とし、敷地内は「史跡足利氏宅跡」として国の史跡に指定されており、平安時代末期から鎌倉時代初期に源姓足利氏二代目の足利義兼により居館として築かれました。
「開基義兼公は足利義康の三子にして源頼朝の従弟。 そして室(奥方)は北条時政の娘、政子の妹、時子であり鎌倉幕府の創建に力を尽した。晩年、高野山に入り剃髪(ていはつ)入道して本堂、鐘楼を始めとする七堂伽藍を建立し、源家相伝の大日如来を安置す。又、一門子弟の育英のために足利学校を興(おこ)した」とお寺の案内書に書かれています。
栃木県では日光東照宮や輪王寺に次ぐ名所旧跡ではないかと思います。
境内中央には、室町幕府初代将軍足利尊氏の父・貞氏が1299年に再建した本堂があり、これは鎌倉時代の禅宗様建築を取り入れたものであり、平成25年8月7日、「国宝」の指定を受けました。本堂のほかにも鐘楼、経堂が「国の重要文化財」、東門、西門、楼門、多宝塔、御霊屋(おたまや)、太鼓橋が「県指定の建造物」となっており、周囲を堀で回(めぐ)らせたその景観は往時(おうじ)を偲(しの)ばせるに十分な佇(たたず)まいであります。
創建当初は高野山の末寺、室町時代より江戸中期までは醍醐寺の末寺、江戸後期より昭和20年代までは長谷寺の直末(じきまつ)で、戦後は真言宗大日派本山として一貫して真言密教の道場として法灯を今に伝えています。
前々から一度は訪れたいと思っておりましたが、今年、本堂が国宝の指定を受けたのを機会に参拝した次第です。境内は緑豊かに大樹が枝を大きく広げており、特に楠(くすのき)と境内中央にそびえる大銀杏(いちょう)が圧巻です。
明治期には広大な寺有地を政府によって没収されたと寺の案内人に聞きましたが、歴史の重みと幾多の苦難にも耐え今に法灯を繋(つな)ぐ大寺の姿に感じるところも少なくありませんでした。
私はいつも参拝する寺のご本尊さまにこれからもこの寺を護り多くの衆生を導いて欲しいとお祈りをします。鑁阿寺のご本尊・大日如来にもいつもと同じようにお祈りをし、ふと内陣の隣を見ると聖天さまのお厨子(ずし)が見えました。大日如来、聖天尊合わせてこの寺と真言密宗の隆昌を祈念して参りました。
合掌
2013年10月15日