去る3月25日から26日の2日間にわたり泉蔵院を道場にして「聖天浴油供伝授会(しょうてんよくゆくでんじゅえ)」が開筵(かいえん)されました。
聖天さまをご供養するには「華水供(けすいく)」といって、早朝(午前2時から3時頃)の清らか水を汲(く)んで、その水に華(樒=しきみ)を浮かべてお供えする供養法がありますが、最上最高のご供養の方法は「浴油供(よくゆく)」です。
人が風呂に入るような適温に温めた胡麻油(ごまあぶら)に妙香(みょうこう)を入れ、それを一座に300回、或いは400回と聖天さまのみ頭(くし)にかけ注(そそ)ぐ供養法であります。
ここでは聖天さま自体の解説は省きますが、諸尊法の伝授は総本山を始め色々な所で開筵されていますが、天部の修法は「ただ授かっただけの人」では本当の伝授は出来ないと思います。
法を授かり、それを必死に行(ぎょう)じ得(え)た者が初めて他の者に伝えることが出来るのです。 特に、聖天法は昔より修法する気のない者には伝授してはいけないと言われております。又、器(うつわ)を選ぶことも必要であると思います。法を伝授するに足(た)る人物であるかどうか、この辺も大事なことであると思います。
聖天法を修することは命懸(が)けであります。 昔よりこの世で一番恐いものは何かと聞かれたら「一に聖天、二に税務署」等と冗談にもいわれるように非常に力の強い仏(神)であり、この仏と向き合うには赤心(せきしん=真心)がなければできません。
今回、当山でこの浴油供伝授会を開筵することになったのは素晴らしい阿闍梨(あじゃり)にめぐり会えたからです。 昨年、参拝に伺った愛知県知多半島の大御堂寺(おおみどうじ)ご住職の水野眞圓僧正にお会いしたことから始まったのです。
師は豊山派に籍を置く事相の大家であり、東寺の後七日御修法(ごしちにちみしゅほう)にも承仕(じょうじ)として何回となく出仕され、又、二年前には大本山小野隨心院(ずいしんいん)においても伝授会を開筵され諸流を極められておられます。 特に、聖天さまに強い信仰を持たれ「聖天供は密教の真髄(しんずい)である」と言われました。 私も全く同感であり、志を同じくするものと一緒に研鑽(けんさん)を深めたいと願った訳であります。 志を同じくする者が共に学び共に修行に励む、これこそが仏の真の利益(りやく)であると確信するものです。
水野師は伝授会の一日を教相、特に曼荼羅(まんだら)の解説に当て、もう一日には実際の修法を行(ぎょう)じてくれました。 誠にすばらしい二日間でした。特に曼荼羅(まんだら)の中の歓喜天の意義と弘法大師が嵯峨(さが)天皇(第52代天皇、桓武帝の第2皇子)と共に神道の奥義を授かり、それが大師が相承した金胎両部の法門と一致し、日本の神々と仏との融合(ゆうごう=日本の神とインドの神の合体)を図られたという話は目から鱗(うろこ)でした。
因(ちな)みに聖天さまは象頭人身(ぞうずじんしん)といわれていますが、実際には余り象に見えるお顔はしておらず、美豆良(みずら)といわれる髪型というか耳の形をしています。 美豆良とは角髪とも書き、日本の古代における貴族男子の髪型であり聖徳太子少年像を想い出させます。
聖天さまはこの美豆良の髪型(耳)をしており、これは弘法大師が究極の守護神、日本の双身歓喜天を作り秘仏の御神体とした証(あかし)であるとの説明は私にとって長い間の疑問が氷解したような気持ちでありました。
正(まさ)しく当山の聖天さまも美豆良の髪型(耳)をしておられます。 インド出身の歓喜天(元はヒンズゥー教の毘那夜迦(ヴイナヤカ)、或いはガネーシャともいう)に一ヶ所、手を加えることにより日本の神と習合したのであり、そのポイントは耳である。 歓喜天の耳の形を変え、美豆良の形にしたのである。 これが水野師の解説でありました。
外来の仏が日本の神となった姿、それが聖天さまなのです。 だから御神酒(おみき)を供え精進潔斎(しょうじんけっさい)しなければならないのです。(聖天さま以外に仏で御神酒(おみき)を供えるものは他にはない。又、顕教では聖天さまを拝まない。)
このように弘法大師が考えられた神仏習合(神仏共存)は日本人の自然な形として長い間、受け継がれてきましたが、明治政府による愚(おろ)かな廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)、神仏分離令により日本古来の宗教文化は破壊されてしまったのであります。
しかし現在でも日本人の多様な宗教の受容性は健在であり、この多神教であるが由(ゆえ)に我々日本人は様々な文化を造り出してきたのではないかと思います。
宗教に無節操ということではなく多神、即ち多様なものを受け入れる力を持っているのであります。 全体を包み1つの世界を作りあげている曼荼羅の精神こそ尊重されなければならないのではないかと思います。
大日如来の中に包蔵される諸尊、諸天善神の御心(みこころ)に近づくためにも今回の伝授会で学び、確認できたことを基に更に浴油供を行じていきたいと念ずるものです。
結びに今回の伝授会を遠近をものともせず、快諾(かいだく)して頂いた水野眞圓僧正の伝法にかける意気に心より敬意と感謝を申しあげます。
南無大聖歓喜双身天王
合掌
2015年6月1日