高野山並びに根来寺参拝

 去る10月18日 日曜日、ご法事の檀務が終るとすぐに昼食もとらず一路、高野山並びに根来寺参拝に出かけました。
 ご承知のとおり、本年は高野山開創1200年の年に当り、春には開創記念法要が盛大に行われ、秋篠宮殿下、安倍総理も参拝されました。特に金堂の本尊 薬師如来(高村光雲作)が造仏されてより秘仏とされていましたが、この度の開創1200年を記念して初めて開帳されました。しかし春のご開帳には都合がつかず、この秋(10月)のご開帳は、是非共参拝したいと思い念願が叶いました。
 久しぶりの高野山でありましたが、天気に恵まれ1200年を記念して建立された中門(ちゅうもん)をくぐった壇上伽藍(だんじょうがらん)は澄(す)みきった空気の中、いよいよ荘厳(そうごん)さを増し、青空にそびえ立つ根本大塔(こんぽんだいとう)は正にお大師さまの教えを強く感じさせてくれました。
 時間の制限もあり、金剛峯寺(こんごうぶじ)そして奥の院を参拝、御廟(ごびょう)では至心に般若心経を読誦し、感謝の法楽を奉げて参りました。
 檀家さんを連れての団体参拝で高野山に行ったのは3~4回ありましたがプライベートでの参拝は余りなく、改めて高野山の偉大さを感じることができました。 正に世界遺産として将来にわたり後世に伝えていかなければならないと。

 次に参拝したのは、真言宗中興の祖、興教大師覚ばん上人が開創された根来寺(ねごろじ)です。上人は京都、奈良で勉学に励み、その後、弘法大師を慕(した)い高野山に登り真言密教の真髄を正しく伝えるために伝法院(でんぽういん)を建立し、教学の興隆を図りましたが高野山衆徒との間に不和を生じ、この根来の地に移ることになったのです。
 これより新義教学の道場として栄え、堂塔2700寺の一大学山として興隆しましたが僧兵の勢力強大化に伴い、豊臣秀吉の根来攻めにあい、大伝法院と2、3の寺を残し、他は全て焼失してしまいました。その後、徳川家の外護(げご)を受け復興し、境内36万坪を有する静寂な佇(たたず)まいは、格別な趣きがあり、特に春は桜見物の人で大変な賑わいを見せるそうです。
 興教大師は、聖天さまを信奉し「聖天講式」を著(あらわ)しており、池の辺(ほと)りに立つ聖天堂も今回の参拝の目的でした。本堂より書院、庭園を眺(なが)め、そして、その奥にある聖天堂へ。2間3間の小さなお堂ですが、方形壇(ほうぎょうだん)には大根、お菓子等の供物が供えられており、樒(しきみ)の花もあげられ「華水供」が修されているように見受けられました。壇は根来塗(ねごろぬり)とのこと。

 忙しい時間の中でしたが、宗祖弘法大師、中興の祖興教大師のおわすお山に参拝でき充実した気持になりました。 これからも祖山を心の中に持ちながら自坊での精進に励みたいと思います。

合掌
2015年10月20日