弘法大師像 制作「経過報告」(2)

 現在、制作中のお大師様の坐像に納める胎内礼ができました。後世の人にこのお像がいつ、どんな目的で、誰が作ったのかを残すための記録札で、お像の体内に入れるので「胎内札(たいないふだ)」と呼ばれています。この札を開けて見るのは百年後か、いつになるのか分りませんが、造立した精神はいつまでも残っていくことを願っています。
 そして、このお大師様のお像が完成した時には、開眼し修法をしなければなりませんが、その修法次第である「弘法大師法」を手に入れることができました。いつも事相、特に修法関係でご教授いただいている愛知県知多郡美浜町、大御堂寺住職 水野真圓僧正に弘法大師法の次第をお尋ねしたところ、丁度、一冊、次第が手元にあるということでご恵送頂きました。
 この次第は「水野師が昭和61年に高野山の真別処※で修行した時、同期の兄弟弟子が修法されてた次第であり、この方が亡くなる前に法友である水野師に諸次第全てを寄贈された中の一冊である。」という内容の添書きを頂きました。
 大変、貴重な次第を私が頂戴してもよいのか確認しましたが、この次第を使って修法してもらえれば幸いである、といわれ、有難く使わせて頂くことと致しました。感謝。合掌。この次第によって胎内札に記したように「虚空(こくう)尽(つ)き涅槃(ねはん)尽き衆生(しゅじょう)尽きなば我が願いも尽きなむ」というお大師様の広大無辺なるご誓願の思いを少しでも、このお像に込めることができればと思います。

お大師様胎内札 表お大師様胎内札 裏弘法大師法次第
弘法大師法次第

※ 高野山真別処
元々は俊乗房重源が高野山蓮花谷南方の山中に開いた別処で、重源七別所の一つ。現在は円通律寺と称し、真言宗の修行道場となっている。(高野山から峠をひとつ越えたところにある。)正式名称は「高野山事相講伝所円通律寺」といい、高野山で、唯一の女人禁制、一般の者は立入ることはできない。

合掌
2021年08月18日